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備前・旭川の憂鬱 (「戦争」に対する認識差  23-21) [日記・雑感]


筆者のような〝団塊の世代〟真ん中の人間は、[戦後サヨク] の強い影響を受けた人々に囲まれて、学園紛争も経験し、社会に出てからは〝企業戦士?〟として働いて来ました。

戦後間もない朝鮮戦争/1950-53年を除けば、日本人が初めて経験したのが「湾岸戦争/1990-91年」でした。イラク在留の日本人や企業戦士はイラク国内で実質的にhostage人質として拘束されていました。日本人の解放に向けても、日本政府は〝憲法9条〟等の制約で目立った活動を行えなかったのです。

この時、たまたま出張先のフランクフルトからの帰国便で、解放されたイラクの日本学校の生徒たちと同乗しました。成田に到着して初めて気付きました。戦争を身近に感じた瞬間でした。当blog https://ironbridge-uk.blog.ss-blog.jp/2014-05-12 もご覧ください。


またそれ以前にも、1985年3月17日、イラン在住の外国人は一斉にテヘラン空港に詰めかけていました。というのも、隣国イラクの当時の大統領サダム・フセインが〝48時間後にイラン上空を飛ぶ飛行機をすべて撃ち落とす〟との声明を発表したからです。タイムリミットが迫る中、在住外国人の母国からは続々と救援機が到着していました。

しかし、日本政府は、自衛隊を送れば憲法違反になるとの意見に押され、さらに民間機JALの組合の反対もあり、機体を飛ばすのも危険すぎるとの理由で救助の飛行機の派遣はできませんでした。

世界で日本だけが立ち往生する国民に救いの手を差し伸べずにいたのです。テヘラン空港に残されたのは日本人だけになっていました。

そして、フセインが発表した期限に迫ろうとしていたその時、1機のトルコ航空の飛行機がテヘラン空港に緊急着陸し、日本人216名全員を乗せ、そのまま成田へ飛び立ったのです。これはまさに奇跡としか言いようのない出来事でした。

トルコ機に関しましては複数のネットの情報を参照しました。


最近の国際情勢から日本政府は国防費を、従来のGDP1%から2%への引き上げを決定しました。『アベガー』の時代にはメディアや戦後サヨクは大反対だったのですが、〝何故か〟岸田内閣では大した議論もなく既成事実化されつつあります。



ごく最近Twitter上で倉田真由美さんの投稿がありました。まあウクライナ戦争をTV等でご覧になってのご発言と思います。それは以下のようです。

倉田真由美a.jpg
倉田真由美b.jpg

この投稿に、緩やかなご意見から、かなり辛辣なご意見を拝見しました。順番に、

銀星王 - コピー.jpg

加藤AZUKI.jpg

トオル.jpg


倉田真由美さんと多分同意見の吉永小百合さん、CMでのんびりビールを飲んでいる場合ではないはずですがね。

はじ - コピー.jpg

現在も平和な日本があるのは〝憲法9条〟ではなく、大多数の日本国民が汗水たらして、日本国政府の支援もないような地域、世界でも頑張って外貨を稼いでいるからなんです。その経済力に見合った軍事力の準備と、不足分は同盟国と[集団的自衛権]の枠組みを作っているからです。

なぜ〝憲法9条〟で平和が守れないのか?です。平和は「結果」でしてこれを高らかに歌っても誰も反対しません。戦争になった「原因」をつぶさなければなりません。それは宗教であったり、貧困であったり、歴史的な感情であったりします。戦後サヨクは平和・平和と年中唱えていますが、世界は戦争だらけです。

戦争の原因を潰すことは容易な話ではありません。日本の周りは軍拡の好戦国だらけです。〝憲法9条〟は、国際法にもあるように我が国・日本国から戦争はしません、と言っているだけです。世界が日本だけで成り立っているのであれば、戦争の心配はありませんが。

現状は全く「真逆」です。

ちょっと話はズレますが藤岡弘さんのご発言もご覧ください。

藤岡 弘 - コピー.jpg

こんなご意見もあります、ご参考まで。以上、倉田真由美さんの投稿より徒然なるままにPCに向かいました。



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